個人として仕事を考えることの重要性(未来はそんな社会システムか)

 

終身雇用…そんな勤務形態はもう忘れた方が身のため。私はそう思っています。もちろん「一生、この会社に尽くそう」という情熱は素晴らしいものですが、どうしてもそこには色々なリスクが伴います。もう、社会は、自由に生きる時代になりつつあります。そんな過渡期を目前として、自分が個人として所得をどう捉えるのか。これを考えることの重要性は日に日に増すばかり。一つの会社で働いていれば、毎月の給与明細を見て「今月はこれだけか」となるルーティーンがあるでしょうが、未来にはそんな光景はありません。あっちの会社に行って、こっちの会社に行って…でしょう。いや、むしろ、バーチャル空間で何でもこなせるようになるので、物理的な移動は必要ありません。そんな訳で、今回は、未来に備えるという意味でのお話です。あなたは、個人としての所得を常に考えていますか?

 

1つの会社からお金をもらう…を卒業する

 

まずは、古い考えからの脱却です。私は決して「古臭いからやめなさい」と偉そうなことを言いたいのではなく、むしろ、時代は流れていくので、昔のやり方にしがみついていると「色々と損することが多いと思いますよ」というメッセージを伝えたいだけです。その一歩が、今持っている考えを変えること。システムのアップデートと同じようなものです。MacやWindowsを使っていて、アップデートをしてください…というメッセージを目にしますよね。あれと同じことです。Windowsであれば、相当な時間がかかりますね。パソコンですらそれだけの時間がかかるのですから、人間の基準の更新はもっと大変です。そこでこの記事を読んでも、変な焦り方はしないでください。ただし受け入れるか受け入れないかはあなた次第です。出来るだけスポンジのような、柔軟性と吸収性のある脳を意識してください。現在の社会のほとんどの人は、一つの会社に属しています。これは、今でいう「当たり前」です。この当たり前は、どれだけ続くと思いますか?私はあと40-50年もすると、もっと、個人ベースで仕事をする人が増えてくると思います。一つの会社に縛られない生き方です。

 

個人ベースで仕事をする…とは

 

個人ベースでの仕事とは、今の仕事のあり方とはまるっきり違います。例えば、芸能人や歌手やアーティストがそれに近いでしょうか。歌手や芸能人はどこかの事務所に所属するのが一般的なので、それでもまだ違います。あくまでもフリーで活動する人が、個人ベースでの仕事をしていると言えます。ある日には、あるイベントに参加して、ある日には、ディナーショーをやって。そんな具合です。芸術関係の人は現在でも、すでに個人ベースで仕事をしている人が多いですね。昔から…と言いたいところですが、王族専属の画家がいたりもしたので、そのような意味で、必ずしも芸術家が常に個人で仕事をしてきたとは言い難いものです。何はともあれ、質問です。こんな個人を単位とした仕事のあり方が、できるでしょうか?流石に明日からとは急すぎるので言いませんが…あと数ヶ月後ではどうでしょうか?

 

個人ベースであらゆる仕事ができる

 

こんな考えをお持ちでしょうか。「個人ベースでできる仕事…職種次第でしょ?」と。私はそうは思いません。どんな仕事でも個人という単位で展開することができるはずです。極端に言ってしまえば、政府で働く人も個人でいいと思っています。もちろん仕組み作りは大事ですが、個人が政治に参画するかたりです。怖いのは「今までそうだったから」という理由で非効率的かもしれない体制やシステムにただ流されていることです。能動的に考えた上で、このシステムは素晴らしいと思うのならいいですが、そうでないならば、しっかりと自分の考えを示し、自分の生き方を実行すべきです。

 

個人ベースの人々で構成される社会

 

デスクワークをしてきた人も、弁護士も、医者も、庭師も…誰でも個人ベースでの仕事ができます。あらゆる仕事のフットワークが軽くなります。個人と個人が関わることが増えていきます。それと同時に、これは、かなり酷な時代でもあります。なぜだかわかりますか?個人という単位で全てが評価されるので、会社という盾がありません。自分の才能や能力が直接社会から評価されるのです。そのような意味で、責任であったりプレッシャーであったり…今の社会とは少し違う側面が強調されることになりそうです。